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リーマンブラザーズの破綻

リーマン・ブラザーズの破綻のニュースが世の中を騒がしています。このサブプライムローン問題は、これまでアメリカが主導してグローバル化してきた金融資本主義経済そのものの破綻のような気がします。

今回の経済の問題以外にも、我々の社会は、今、さまざまな深刻な問題をかかえています。

地球温暖化に始まり、オゾン層の破壊、酸性雨、森林の減少、砂漠化、海洋汚染、有害廃棄物や化学物質による汚染、また最近では食品の安全の問題など、数え上げればきりがありません。これらの問題は複雑にからみ合いながら、地球の人類からの、はっきりした解答を求めんとしているように、僕には思えます。

地球環境の変化と破壊は、地球という星に息づくあらゆる生命が、その生存の危機にさらされており、それは、地球生命そのものの危機でもあるといえます。

それのみならず、最近ロシアのグルジア侵攻もそうですが、いつまでたって終わらない戦争や、愚かしい核戦争の危機。

私たちは、その恐怖にばく然と煽られながら、かつて存在したアトランティスなどの過去の文明と同じあやまちを、またもや繰り返そうとしているよう見えます。

何が問題なのでしょうか。

ひと昔まえには、まったく想像できなかったような便利さと快適な空間にあふれたこの日本。
科学技術の成果は、人びとの生活に余裕と、そして新しい環境を与えてくれました。

しかし、そんな中で、私たちは、ほんとうに生きることの幸せと豊かさを感じとっているのでしょうか?
精神的なものが軽視され、収入や物質的な生活水準のみが、ものさしとなっていることに疑問を感じませんか?

いじめを始めとする教育問題や、今では親子の間にすら当たりまえになってしまった感のある、悲惨にして凄惨な事件の数々。
責任ある生き方に、よろこびを見いだせなくなってしまった、数多くの無気力な若者の存在。
利潤の追求のみを目的とした、正義をあざけるような経済活動の横行。
医療においては、肉体生命の延命にこだわるあまり、温かみを欠いた、もの寂しい終末期医療のあり方への疑問。
あるいは、無軌道な移植医療や生殖医療にみられる人間の生への執着。
また、世の中心にあっては、リーダーと期待される人びとの使命感の欠如と不正の数々。

一方、世界に目を転じてみれば、宗教対立とともに各国の利害や欲得がからんだ戦争の数々。
それも核兵器をちらつかせながらの、危険なけん制やかけ引き。
自らが信じる神と正義の名のもとに、いくたびも繰り返されるテロ攻撃と、そして報復という名の憎しみの連鎖。
膨大な軍事費を使う国がある一方で、食べることも飲むことも十分にかなわず、飢えの中で死んでいく数多くの幼い子どもたち。
その子どもたちを抱きかかえながら、なすすべなく涙する貧しい国々の母親たち。

誰もすすんで不幸を望んでいる訳ではないはずなのです。
皆が幸せにならんとしている気持ちは同じであるはずです。

では、いったい何がほんとうの問題なのでしょうか。

物質文明のあり方でしょうか。イデオロギー?政治?経済システム?それとも、宗教なのでしょうか?

しかし、これらの問題を根本的に解決していくための鍵は、実はとてもささやなところにあるのかもしれません。

このささやかな真実に気付くために、たくさんの問題が次つぎに現象化してきている、そういう時代に私たちは今生きている、そういう気もするのです。

問題を解決していくための鍵とは何か。その、ささやかな真実とは何か。

今の文明が、ありとあらゆるところで危機的な状況にあることを見ていると、疑いようもなくはっきりしていることが一つあるのではないでしょうか。

それは、すべての問題の中心に、私たち人類がいるということ。もっとわかりやすく言うならば、私たち、一人ひとりの心のありようが問題の核心にあるということ。私たちが、「自分さえ良ければいい」と、自らのエゴを優先し、地球の人類やあらゆる動植物がすべてが深いところでつながっているということを忘れ去ったことに、その原因があるのではないでしょうか。

問題の中心にして、核心にあるもの。それは、当事者である、私たち、一人ひとりが、「愛の心」を見失ったことに最大の原因があると、僕は思います。

愛という、ありふれているようで、しかし、本当につかみきることができなかった古くからの人類のテーマ、それが今また、私たちの前に現れ出でているように思えます。現代文明の危機は、私たちに、大いなるチャンスを今一度なげかけてくれている、「愛の摂理」からの呼びかけなのかもしれません。

この10月初旬に、徳間書店の五次元文庫から「ガイアの祈り」という本が発売になります。この本には、私たち人類、そして地球が、どこからきて、どこへ行こうとしているのかに関するメッセージが収録されています。

詳しくは http://www.lmr.cc/ にて近日中にアナウンスしますが、どうかぜひ、皆さんにも読んでいただければと思います。

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今年の夏合宿

このところ降り続いた雨も、やっとひと段落。この雨は、今年のレムリアの夏合宿以来、降り続けた浄化のための雨だという。

今年のレムリアの夏合宿は、育○文化研究所の有志の皆さんと合同で、天○ランドにて行った。天○ランドは育○文化研究所を率いる谷○先生が作った施設である。広大な敷地の、素晴らしい光のエネルギーに満ちた、清々しい大自然の中で子供たちが自由に遊びながら学べる所である。2泊3日での合宿において、セミナーで法を学びながら、レムリアで知り合ったコアラさんとあゆみさんの結婚式をとりおこなったり、子供たちといっしょに大いに遊び、ゆっくりとアルカリ性の高い温泉にも浸って、有意義で楽しいひと時が過ごせた。

そして、なんといっても、素晴らしかったことは、高橋信次先生が出てこられたことだ。それも、昨年の夏合宿と同様に、谷○先生に呼びかける形の対話形式で霊言を降ろされた。谷○先生は、生前の信次先生に直接指導されたわけではないということだが、ずっと信次先生の教えを信奉し実践してこられた方だ。聞くところによると、谷○先生には、いろいろな紆余曲折の人生があったという。ただ、出る釘は打たれるわけで、正しいことをやろうとしても、世の中の風当たりは強く、周りから様々な抵抗があり、いろいろご苦労をされたという。

それでも、谷○先生は、最後まで信次先生の教えを信じ、神様の白い手を離さなかったのだ。信次先生の生前、直接指導してもらった弟子たちも多い中で、この谷○先生のように愛を実践する方こそが「真の弟子」であると信次先生は熱く語られた。法を学んだ後の、法の実践こそが大切なのだ。どんなささいなことからでも、自分ならではの愛の実践をやりなさいと信次先生は言われた。もしそのやり方がわからないのなら、谷○先生の生き様を真似なさい、モデルにしなさいと。

「弟子というものは、師の思いを、師のできなかったことを、実践できる者を真に弟子と呼ぶのだ。」

「天上界から降ろされた法を、この三次元の中でひとりでも多くの人びとを、少しでも幸せにするために、人生をかけて実践できた者たちをほんとうの神の子というのです。その方たちこそが、ほんとうにわたしの弟子と言えるのです。」

「愛を表現していくのだ。愛を世界中に発信していくのだ。そのような、生き方をしていただきたいと思います。」

「そういうふうに、実践できる人たちがこの地球に増えていったらば、天変地異は最小限に押さえられるのです。」

「あなた方がまわりの人たちを、隣人を、愛のもとに幸せにしてく行為を積み重ねるということが、地球自身を救うというそういう活動になっていくということ。」

「だから、言うんです。地道なささやかな、地に足ついた人生。それを、愛に満ちたものにして生きるということが、究極的には地球を救うという偉業にまで成すということ。」

「だから、どうかあなた方の人生を愛してください。あなた方のお子さま方を、家族を愛してください。そして、あなた方が今、生を受け、この地上にあるということを感謝してください。」

この夏合宿に参加した者たちは、改めて信次先生の弟子となった。そして、この霊言の途中で、集まった者たちの熱い信仰心と天上界の思いとが一体となり、天○ランドに光の柱が立った。調和された愛の思いで神に向かう人たちの思いが集まることで三次元にひとつの磁場ができ、そこに天上界から「光の柱」を降ろすことができる。それは、地上から天上界に帰る道、「救済の柱」でもある。この「光の柱」はこれから、多くの魂を救済していくであろう。

もし、地球が、素晴らしい未来の光ある愛の星へとシフトアップしたら、どういうふうに生きるかということを、私たちは、天○ランドにて体現したのだと思う。そこは、「未来の愛の星へ」とシフトアップした、未来の地球にワープしたような夏合宿だった。

そして、夏合宿の後、この10月に向けて、レムリアはまた、新たなるフェーズに入ろうとしている。大いなる飛躍のための準備がなされ、今まさにそのスタートラインにいる。

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